「エロバリ=障害者向けポルノ映画」がえぐる福祉問題の〝一断面〟

エロバリ映画第1弾「ナース夏子の熱い夏」の一場面

スクリーンに映し出される男女の情事。「手と足を使って…」「切なくあえいでいます」-。吐息交じりの女性の声が、艶っぽく情感たっぷりに場面を解説する。

 「エロティック・バリアフリー・ムービー」。略して“エロバリ”。字幕や音声がつき、視覚や聴覚に障害のある人たちが楽しめる工夫が凝らされたポルノ映画だ。制作を手がけるのは、映画プロデューサーで映画制作会社「シグロ」(東京)社長の山上徹二郎さんと、「もう頬づえはつかない」「サード」などで知られる映画監督の東陽一さん。

 エロチックな作品を見たいと思うのは、障害者も健常者と同じ。映画制作の背景には、そうした障害者の需要に対し、供給が極めて貧弱だという現状がある。エロバリは、正面切って論じられることの少ない福祉の課題を浮き彫りにしている。


需要と供給のギャップ

 

障害者のニーズに関してこんなデータがある。

 読書をしたい目の不自由な人たちのために、全国視覚障害者情報提供施設協会が運営する情報提供ネットワーク「サピエ図書館」。各地の施設を結び、それぞれが所蔵する点字図書や録音図書の貸し出しリクエストに応じたり、点字データや音声データを提供したりしている。

 そのサピエ図書館に記録が残る平成19(2007)年4月~今年3月の点字図書のダウンロード再生ランキングをみると、官能小説が1~12位を独占。さらに上位50作品のうち39作品が官能小説だった。録音図書のダウンロード再生ランキングでも、上位50作品のうち19作品が官能小説だった。

いかに官能小説が人気かが分かるが、一方で日本点字図書館(東京都新宿区)はこんな問題点を指摘する。

 「官能小説の類いは、障害者のニーズが高い半面、書籍を点訳したり朗読したりするボランティアの方々が必ずしも喜んで制作しようとはしない。点訳・録音図書の蔵書が増えない現状がある」

高揚感と罪悪感と

 山上さんは約5年前、点字図書などの貸し出しランキングの上位に官能小説が並んでいることに着目した。「求めている人がいるのなら」と、にっかつロマンポルノ作品の制作経験を持つ旧知の東さんに声をかけた。

 2人はこれまでに、エロバリ第1弾となる「ナース夏子の熱い夏」(主演・愛奏)をはじめ、「私の調教日誌」(亜紗美)、「姉妹狂乱」(範田紗々、木下柚花)の3作品を制作。東京などで上映会を開いたり、DVDを販売したりしてきた。

 「ナース夏子-」は、出版社で働く既婚者の主人公が、妻の入院先のナースに一目ぼれ。何度も関係を重ねるがナースのもとに元カレが現れ、いつの間にか主人公の前から姿を消してしまう-というストーリーだ。

 聴覚障害者に向けては、内容を分かりやすく伝えるための字幕に苦心した。聴覚障害者は読唇術を使える人が多いため、しゃべっている映像と映し出された字幕とのギャップが生じないよう注意を払い、字幕の出るタイミングや文字数などに工夫を凝らした。

 登場人物のせりふだけでなく、女性のあえぎ声や行為中の音などを文字で表現。よりエロチックに濃密に状況を伝えた。

 一方、視覚障害者に楽しんでもらうためには、副音声の入れ方に知恵を絞った。副音声のナレーションは、ポルノ映画に出演経験のある女優が担当。情事をのぞき見している感覚で冒頭のようなナレーションを入れることで、のぞき見のちょっとした罪悪感と、大きな高揚感を鑑賞する側に与えた。そうすることで気持ちを高ぶらせる効果を狙った。

 「からみ」のボルテージが上がるにつれ、ナレーションの声もうわずり、呼吸が荒くなる演出も。

 しかし、夕暮れの空を見たことのない先天性の視覚障害者に話し言葉でその色彩を説明するのは難しい。また、ギターの音を聞いたことがない生まれつきの聴覚障害者に、その音色を文字で表現することはとても困難な作業だ。

 「副音声は、目を閉じて何度も聞き直し、その場面をイメージできるかどうか確かめた」と東監督が振り返る。ある上映会で、視覚障害者に「場面が見えたようだった。とてもおもしろかった」と声をかけられ、手を握られたのが今も忘れられない。しかし、制作の動機は、ボランティア精神とは異なる。

 「正義感などで作っているんじゃない。自分なら『エロバリ』というカテゴリーでおもしろいものを作れるという自信があったから」。若い制作者に続いてほしいと願っている。

エロバリがタブーを壊す

 「『障害者の性』の問題は、これまでタブー視されてきた。エロバリがその壁を壊してくれるはずだ」。自らも全盲で、バリアフリーを研究テーマにしている東京大先端科学研究所の大河内直之・特任研究員が期待を込める。

大河内さんは「障害者は性教育を受ける機会は皆無に等しい。介助する保護者や支援者らに性的な要求をしづらい面もあり、なかななか自らの意思で性的なものに触れる機会はない」と指摘。「そういう状況で育ってきた障害者同士が結婚した場合、互いに子供の作り方を知らないケースもある」と明かす。

 エロバリの上映会には、女性の参加者も目立つ。

 「エロバリは障害者と健常者の壁を壊すだけでなく、男性と女性の壁も壊していくものになり得る」と山上さん。「そもそも映画は、タブーを犯す存在でもある。将来は、ナレーションを入れている女優も出演者とともに果ててしまうような演出をしたい。本編を楽しみ、字幕を楽しみ、副音声を楽しみ-と、ひとつの作品で3度楽しめるものが作れる」と力を込める。

 山上さんらとともに、バリアフリー映画の研究を進める滋賀県社会福祉事業団の北岡賢剛理事長は「障害者だけでなく、健常者にとってもおもしろく興奮する作品を作ることで、双方が共感し合える豊かな社会ができるはずだ」と期待する。

 大河内さんは、障害者の立場からこう訴える。

 「障害者は、神聖な存在でも絶対的な善人でもない。健常者と変わらぬ性的欲求を持ち、機会があれば性的なものにアクセスしたいと考えている人も多い。エロバリが障害者の家族や支援者、そして当事者自身の意識を変える一助になってほしい」

飯島 愛ちん  ちょっと   つぶやいて

ひなたぼっこ

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