天皇陛下、お気持ち表明 生前退位を示唆 「国民の理解を切に願っています」【動画・全文】
天皇陛下、お気持ち表明 生前退位を示唆
「国民の理解を切に願っています」【動画・全文】
安倍首相「重く受け止める」、天皇陛下の意向を受けコメント
「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示している天皇陛下が、8月8日午後3時からビデオメッセージで国民に向けてお気持ちを表明した。
年齢が80歳を超えて、今後の身体の衰えを考慮すると、「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのでは」として生前退位の意向を示唆した。陛下がビデオメッセージを発表するのは、2011年3月の東日本大震災後に国民にお気持ちを表明して以来、2度目となる。
全文は以下の通り。
----------
戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。
私も80を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。
本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。
即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。
そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。
私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。
こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。
天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。
天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。
始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。
国民の理解を得られることを、切に願っています。
【関連記事】
天皇陛下「お気持ち」表明は8日午後3時 生前退位めぐりビデオ形式で
天皇陛下「生前退位」意向、海外メディアはどう見たか?
若き日の天皇皇后両陛下
婚約の記者会見に臨まれた美智子さま
宮内庁は皇太子さま(当時)と正田美智子さん(当時、日清製粉社長長女)の婚約を発表。婚約後記者会見される美智子さま(中央)(東京)
皇太子さまを評して「初印象は清潔なお方。誠実で、心からご信頼、ご尊敬申し上げられる」と言った言葉は、流行語にもなった。
1958年11月27日
馬車でパレードされる皇太子ご夫妻(当時)
「結婚の儀」を終えられ、皇居から東京・渋谷の東宮仮御所まで馬車でパレードされる皇太子(当時)さまと美智子さま。50万人余が沿道を埋め、お二人の門出を祝った(東京・神宮外苑)撮影 日:1959年04月10日
皇太子さま(当時)ご結婚/伊勢神宮に参拝される
結婚の報告のため伊勢神宮内宮に参拝される皇太子さまと美智子さま=三重県伊勢市
撮影日:1959年04月18日
皇太子さま(当時)ご結婚/伊勢神宮で神馬をご覧になる皇太子ご夫妻
結婚の報告のため伊勢神宮内宮に参拝され、神馬をご覧になる皇太子さま(当時)と美智子さま=三重県伊勢市 撮影日:1959年04月18日
アジア・アフリカ4カ国訪問/帰国された皇太子(当時)ご夫妻
イラン、エチオピア、インド、ネパール訪問を終えて帰国された皇太子(当時)さまと、浩宮さまを抱かれる美智子さま=東京・元赤坂の東宮御所
撮影日:1960年12月09日
馬術大会へ出場された皇太子ご夫妻(当時)
馬術大会へ出場された皇太子(当時)さまと美智子さま(東京都世田谷区・馬事公苑)
撮影日:1961年11月05日
東京パラリンピック/開会式に出席された皇太子ご夫妻(当時)
パラリンピック東京大会(第1部国際大会)開会式で、あいさつされる皇太子(当時)さまと美智子さま=東京・代々木の織田フィールド
撮影日:1964年11月08日
皇太子ご一家(当時)、浜名湖で海水浴
浜名湖へ海水浴に向かわれる皇太子ご一家(当時)=静岡県細江町(現浜松市)
撮影日:1968年08月05日
皇太子ご一家(当時)、浜名湖で海水浴
皇太子さま(当時)と浩宮さまの泳ぎを舟でご覧になる美智子さまと礼宮さま(静岡・細江町) 撮影日:1968年08月05日
皇太子妃美智子さま(当時)、女子ご出産・退院
紀宮さまを抱いて退院される美智子さま。左は皇太子(当時)さま(東京・皇居)[代表撮影] 撮影日:1969年05月08日
ご結婚10周年の皇太子ご夫妻(当時)
思い出の地・軽井沢で静養される皇太子ご一家(当時、長野・軽井沢町の軽井沢プリンスホテル)[代表撮影] 撮影日:1969年08月00日
皇太子ご一家(当時)、軽井沢へ
静養先の軽井沢でテニスを楽しまれる皇太子ご一家(当時、長野・軽井沢町の軽井沢プリンスホテル) 撮影日:1973年08月24日
美智子さま48歳
皇太子さまとテニスを楽しまれる、48歳の誕生日を迎えられる美智子さま(東京・東宮御所のテニスコート)[代表撮影] 撮影日:1982年10月19日
軽井沢でテニスを楽しまれる美智子さま
軽井沢でテニスを楽しまれる皇太子妃美智子さま(当時、長野県)
撮影日:1986年08月07日
天皇ご一家、軽井沢へ
テニスを楽しまれる天皇、皇后両陛下(長野県軽井沢町・軽井沢会テニスコート)
撮影日:1990年08月07日
テニスを楽しまれる両陛下
思い出のテニスコートでテニスを楽しまれる天皇、皇后両陛下=27日午後、長野県軽井沢町の軽井沢会テニスコート 撮影日:2013年08月27日
もっと見る:
社会, 天皇陛下, お気持ち, 天皇陛下 お気持ち, 象徴天皇, 天皇 皇室典範, 天皇陛下 生前退位, 生前退位, 天皇 ビデオメッセージ, 生前退位 極秘チーム, 首相 お気持ち
0コメント