[残間里江子さん]母との口論 悪くない
プロデューサーの残間里江子さん(63)は、母富枝さん(97)を、昨春から東京の自宅で介護しています。一緒にいると、つい口論になることも。けれども、ぶつかり合うことで、親子の絆を実感できるといいます。
母の様子が少し変なのでは――。そう感じたのは10年ほど前のことでした。横浜市内で一人暮らしをしていた母を訪ねるたびに、台所の鍋が減っているのです。家の裏口に、焦げついた鍋がいくつも捨ててあるのを見つけました。
母は若い頃、作家を目指していたそうです。就職した国鉄では労働運動に身を投じるなど活発な女性で、私のあこがれでした。年を重ねてからも、かくしゃくとしていたのに、少しずつ耳が遠くなり、電話の呼び出し音に気づかないことも増えてきました。一人にしておくのが心配になり、東京に引っ越して来ないかと提案しました。
母は「私が引っ越したら、近所の人が涙を流して悲しむわ。絶対にいや」と言って、なかなか応じてくれません。しかし、火事を起こしたらみんなに怒りの涙を流させることになる、と時間をかけて説得しました。
転倒して出血
残間さんが住んでいた東京都内のマンションに空室が出たので、2004年に富枝さんを呼び寄せた。残間さんは8階、富枝さんは3階の部屋。階は異なるが、いつでも顔を合わせられるようになった。火事を心配して、富枝さんの台所のガス栓は閉め、食事は8階から運んだ。
年は取ったといっても母はまだまだ元気で、青山や表参道の美容院や洋服店に出かけるなど、東京暮らしを楽しんでいるようでした。
ところが11年の暮れ、ベランダの花に水をやっている最中に母は転倒しました。幸い大事には至りませんでしたが、額を切って顔が血だらけに。その姿がショックで、一緒に暮らそうと決めました。都内に新しいマンションを見つけ、母の96歳の誕生日の翌週、引っ越しました。
完璧主義は禁物
同居して4か月後、富枝さんは腸炎になり入退院を繰り返した。さらに脳梗塞も発症。命に別条はなかったものの、目に後遺症が残った。
左目の視力を失い、右目も視野が15~20度ほどしかなくなりました。心臓の病気もあり、薬が欠かせません。足腰も弱ってきたため、外出するときは車いすに乗せて私が押しています。要介護度は3。認知症とは診断されていませんが、ベランダで倒れた頃から、少しずつ記憶が不確かになってきたように感じます。
同居するにあたって、私は「母の最晩年は自分が面倒をみる」と意気込み、仕事以外の時間のほぼすべてを母のために費やしてきました。
私が仕事で外出している間は、ヘルパーを頼んでいます。それ以外の朝晩の食事や夜間の下の世話、休日のシャワー入浴は私の役目です。月に1度、母の白髪を染めるのにも慣れてきました。
ただ、気負い過ぎはいけませんね。全力投球が続くと体調を崩すし、気も休まらない。私はつい完璧を求めたがる性格ですが、「介護に完璧主義は禁物」と、この1年半で学びました。必要に応じてヘルパーに頼ってもいいと思います。
長く介護を続けるには、少しでも自分の時間を確保することが大事だと考え直しました。これからはスポーツジムに通うなど、可能な範囲で介護から離れる時間も作りたいと思っています。
母には勝てない
富枝さんは週2日、デイサービス施設に通っている。施設では絵画や書道など趣味の時間があり、自宅から持参した花の絵を描くのを楽しみにしているという。
体が自由にならないもどかしさもあるのでしょうが、このところ母は、心の奥底に秘めていた不満や愚痴を口に出すようになりました。私も聞き流せず、つい理詰めで反論してしまう。口論になるたび、またやってしまったと後悔するんです。
つい先日、忘れられない出来事がありました。母の部屋でまたも言い合いになりましたが、しばらくして母がいきなり私を抱きしめ、大笑いしたんです。戸惑う私に、母は「やっぱり私たちって親子よね。2人とも本当に我が強い」と言うんです。まだまだ母には勝てないと思いました。
かつて私は、「働きながらの在宅介護なんて無理」と思っていました。実際に介護が始まってみると、確かに毎日大変です。でも、今は、親子でぶつかり合うことも含めて「家で介護するのも悪くない」と思っています。
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ざんま・りえこ プロデューサー。1950年、宮城県生まれ。短大卒業後、静岡放送のアナウンサーに。雑誌記者を経て、83年月刊誌「Free(フリー)」編集長。2009年、セミナーなどを開催する会員制ネットワーク「クラブ・ウィルビー」(http://www.club-willbe.jp/)をつくる。
◎取材を終えて 残間さんは今年4月、介護の苦労話を話し合う「介護カフェ」というイベントを開いた。初めての試みだったが、参加者からは「同じ境遇の人と心が通い、元気づけられた」という声が多く上がった。「介護をしている人は、愚痴をこぼせる人を探しているものなんです」と残間さん。話を聞き、うなずいてみせるだけでもよいのだとか。周囲のちょっとした支えが、大きな励ましになりうるのだと考えさせられた。

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